【インタビュー】修繕積立金運用の実践事例
“動かないお金”をどう活かすか。
修繕積立金不足に挑む、米国債運用という選択。
かねてより「不足している」と指摘されてきた修繕積立金。
昨今の建築費高騰や物価上昇によって、その不足はますます深刻化しています。
実際に、⼀般財団法⼈経済調査会によると、全国の分譲マンション大規模修繕工事では、わずか2年間で1戸当たり平均額が約16%上昇(2023年129.9万円→2025年150.6万円)しています。
インフレに負けない資産形成が急務となるなか、あるマンション管理組合では、修繕積立金を米国債で運用するという先進的な取り組みを実践しました。
今回、不動産管理の最前線でその仕組みづくりを主導した、プラウド北浦和マンション管理組合理事と、管理会社である野村不動産パートナーズの中山様にお話を伺いました。まだ事例の少ないこの取り組みが、どのような議論やプロセスを経て総会で決議に至ったのか。背景にある課題意識と、実現のための具体的なステップを紐解きます。
提案から決議まで──
修繕積立金を“米国債運用”という選択肢に至るプロセス
「今、このままでは将来に負担が来る」
――まず、この運用を米国債で試してみるというアイデア自体は、どなたが出されたのですか?
管理組合 理事:まだ築浅のマンションですが、やはり「修繕積立金どうする?」という話が出ていました。不動産系・建築系・エネルギー系など、異業種の方のお話も聞く中で「このままだと負担が来るんじゃないか」「積立金を運用してみたら?」という声が上がったんです。第2期の役員会で話が出たのが始まりでした。その後、第3期の理事会で債券の買い付けを行い、運用を開始しました。
――議論された人数はどれくらいですか?
管理組合 理事:当初は理事4名で議論を進めていきました。ただし、次期以降の理事が金融知識を持たない場合でも継続的に議論が行えるよう「金融債権委員会」を新たに設置しました。住人の中から債券運用に知見を有する方を2名選出し、アドバイザリーとして参加いただく体制としました。
ですので、3期からは第3期以降は理事4名+委員会2名の計6名で議論していく体制になっています。 50戸規模のマンションで委員会を作るのは珍しいですが、今回のような案件では必要だと判断しました。
――この議論は、管理会社が主導したというより、理事側の能動的な動きだったということでしょうか?
中山氏:はい、私の認識としては後者(理事側主導)です。正直なところ、専門用語が飛び交う中で、私はついていけなかった部分もあります(笑)。
――米国債に詳しい方がいて、初めから米国債一択だったのでしょうか?株式・ETFなども候補に上がりましたか?
管理組合 理事:一つの選択肢として「米国債」であって、最初から「米国債しかない!」とはしていませんでした。株式についても、やはり議論になりました。株とか金とか分かりやすいものもありましたが、リスクが大きすぎるという議論で、最終的には“元本をできるだけ守る”という観点で、米国債という選択に収まりました。
「リスクも議論したうえで、動かないお金を運用に選定」
――とはいえ、米国債にもリスク(為替変動・債券価格変動など)がありますが、そのあたりはどのように議論されたのでしょうか?
管理組合 理事:はい、為替変動リスクも「円高になったらどうか」という議論が出ましたが、そこは理事メンバー4人で「中長期で見れば円安の方向だ」という相場観を共有しました。議論を重ねた上で「住人の方々も同意できる範囲だろう」と判断しました。
――実際、総会で反対意見など出るのではという懸念もあったと思うのですが、どのように説明されたのですか?
管理組合 理事:だからこそ、金額を絞りました。積立金の中で「直ちに使われるもの」ではなく、数年使わない“底だまり”の部分を狙ったんです。「ここならキャッシュフローに影響が出ない」「理解が得られそう」という線を見つけました。
――具体的な金額・割合は?
管理組合 理事:最初は2,000万円を目安に。総戸数57戸のマンションで、積立金の約30%に相当する金額でした。説明会では「この部分は当面使われない可能性が高い」ことから、運用という選択肢を提示しました。
「総会での決議プロセス」
――総会では実際にどのような反応がありましたか?
管理組合 理事:出席者は約30人ほどで、委任状を含めても反対票は1割程度。総会会場では、米国債に関する質問も挙がりましたが、証券会社の担当者様にも同席いただき、為替や債券価格などのリスク説明をしっかり行ったため、賛成多数で可決しました。
――初回投資はどのような形だったのですか?
管理組合 理事:1,000万円ずつ2回に分けて実施しました。理事会メンバーとしても「まずはスモールスタートで実績を出そう」という合意があったんです。その後、追加購入も進めています。
管理会社が直面した前例のない挑戦──
米国債運用をどう支えたか
「まずは証券会社探しから。ゼロからのスタート」
―― 管理会社としては、前例のないテクニカルな案件を持ち込まれたわけですよね。正直、やりがいを感じる一方で、手続き的にも大変そうだなと感じます。この話が持ち込まれた時、どう思われましたか?
中山氏:個人的には「やったことがないけれど、できるのだろうか」という不安がありましたね。もちろん、挑戦的な取り組みという点では面白いとも感じましたが、実際には手続きが複雑で、想定以上に大変でした。
――実務的には、どのあたりから動かれたのですか?
中山氏:証券会社探しからですね。最初に電話にてご相談しましたが、マンション管理組合としての米国債購入は、先方にとっても初めてのケースだったようで、手探り状態でした。国債に関する相談は過去にもあったようですが、最近では事例がなく、一緒に模索しながら進めていったという形です。
――口座開設はスムーズにいきましたか?
中山氏:いえ、そこもいろいろありました。まず、証券会社から「管理規約上、修繕積立金を用いての米国債運用ができる旨の記載があるか」と確認が入りました。実際には「米国債の運用を認める」との明記がなかったのですが管理規約上、総会決議事項として「修繕積立金の保管及び運用方法」の定めがあります為、同事項に基づき「総会で承認済み」と説明し、理解を得られました。
今後、こうした運用を続けるなら、管理規約の見直しは必要だと感じています。
――組合名義の証券口座を新たに開設したんですよね?
中山氏:はい。ただし、口座の名義には理事長名を含める必要がありました。理事長が交代するたびに名義変更の手続きが発生します。
管理組合 理事:銀行口座も同様で、代表が変わるたびに変更が必要です。ただ、銀行によっては理事長名が不要な場合もありますね。
――運用益が出た場合の税金はどう処理されるのでしょう?
中山氏:証券会社で源泉徴収されます。確定申告の必要は基本的にありません。
管理組合 理事:税理士に依頼して確定申告が必要になる場合は、その分コストもかかります。その点も事前に議論しましたね。
――このような投資運用において、売却や損切りのタイミングはどのように決定されるのでしょうか?その際は総会で再度承認を取るのでしょうか?
中山氏:購入・売却ともに理事会で一任しています。
金利や為替の動きは読めませんので、複数回に分けて購入する形をとりました。
10年物の債券を購入しているため、早めに購入して長期で保有するという方針です。
「止めることはしない。決めるのはあくまで組合」
――管理会社としても、かなり慎重な判断が求められたのでは?
中山氏:そうですね。社内でも「本当に進めていいのか」という声はありました。ただ、最終的には「組合の判断を尊重すべき」という結論に至りました。こちらが止める立場ではない、という判断です。
――後になって「止めなかったのは善管注意義務違反では?」という話が出かねないケースもありますね。
中山氏:ええ。その点は議案書の中で、「損失が発生しても管理会社は責任を負わない」旨を明記しました。トラブルを防ぐ意味でも重要な一文です。リスクを伴う提案を、管理会社側から行うのは現実的ではありません。あくまで「組合からの提案をサポートする」立ち位置です。
――実際に動き出してみて、いかがでしたか?
中山氏:複雑な手続きや不安もありましたが、結果的に無事スタートを切ることができました。「本当に実現できるのか」と思っていたところから、一歩前に進めたという実感があり、やってみて初めて見えてくる課題もありますが、それも含めて良い経験です。今回の取り組みが、他の組合にも“新しい選択肢”を考えるきっかけになれば嬉しいですね。
まとめ─
今回の取り組みは、修繕積立金の“新たな活用モデル”として、他の管理組合にも一つの示唆を与えるものとなりました。もちろん、海外債券運用はリスクを伴います。しかし、「資金を守る」だけでなく「資金を育てる」という意識が、これからのマンション管理には求められる時代です。
住民・管理会社・専門家が協力し、より持続可能な資産形成を模索していく動きが、今後さらに広がっていきそうです。
